仙台高等裁判所秋田支部 昭和58年(ネ)2号 判決
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【判旨】
<証拠>によると、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人は農業のかたわら、昭和五一、二年ころから、知人、友人相手に貸金業を営んでいたが、友人である善輝から、実弟の控訴人井上が借主兼担保提供者になるからと融資を依頼され、昭和五三年二月一七、八日ころ、甲第一号証の金銭借用証書(借受金額、返済期日、利息、損害金、借主、連帯保証人などの各欄白地)、甲第四号証の抵当権設定金員借用証書(借受金額、返済期日、利息、損害金、抵当物件、借主、担保提供者などの各欄白地)及び甲第五号証の二の委任状(登記の目的、原因、権利者、義務者などの欄白地)を交付した。
(二) 他方、控訴人井上は、昭和五三年二月ころ、善輝から、金が入用だからと懇望されるまま、同人に金融を得させる目的で、自己が借主となりかつそのための担保を提供することを承諾したうえ、同人が持つてきた甲第一号証の借主欄及び同第五号証の二の登記義務者欄にそれぞれ署名、押印し、その余の各欄白地のまま、これを担保に供すべき同控訴人所有の土地の権利証(一冊)、登録済印鑑とともに同人に交付した。その際控訴人井上は善輝に対し、借入先、借入金額、担保に供すべき土地等につき確認することも、また制限、指定することもしなかつた。
なお、甲第一号証の連帯保証人欄の善輝の署名、押印は、控訴人井上が同号証に前記署名、押印をしたあと、善輝が同控訴人の目の前でなした。
(三) 被控訴人はその後の同年二月二〇日ころ、善輝から、金額欄に五〇〇万円、返済期日欄に同年一一月二〇日、等記載された甲第一号証、借用金額欄に二〇〇万円と記載され、担保提供者欄に控訴人井上の印影が押捺された同第四号証、控訴人井上の印鑑証明書(甲第五号証の三)、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の表示箇所にしるしがつけられた前記権利証を受け取つた。
被控訴人は、右甲第四号証中の返済期日、利息、損害金、抵当物件の表示、契約年月日、甲第五号証の二中の登記義務者欄をのぞく各欄いずれも白地であつたため善輝との約定に従つて適宜補充したが、甲第四号証の作成年月日を同年二月二〇日と記載するつもりを同年一月二〇日と誤記した。
そして被控訴人は、右甲第四号証、同第五号証の二、三、権利証により、本件土地につき秋田地方法務局大曲支局昭和五三年二月二一日受付第二二四三号をもつて抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)を経た。
以上の事実が認められ(本件土地が控訴人井上の所有であること、本件登記がなされていることは当事者間に争いがない。)、原審における控訴人井上本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。
2 右認定事実によると、善輝は昭和五三年二月二〇日当時控訴人井上から、善輝に金融を得させる目的のもとに包括的な金銭消費貸借契約及び同契約に基づく債務担保のため本件土地につき抵当権を設定する契約を締結する代理権を授与されており、甲第四号証、同第五号証の二はいずれも同控訴人の意思に基づき真正に作成されたものであると認められるところ、前掲甲第一号証には、「同控訴人が同年二月二〇日被控訴人から五〇〇万円を、弁済期同年一一月二〇日の約で借受け、受領した」旨が、甲第四号証には、「同控訴人が同年一月二〇日(前記のように同年二月二〇日の書き誤り)被控訴人から二〇〇万円を借用した」旨がそれぞれ記載されている。
そして、被控訴人は原審(第一、二回)及び当審における被控訴人本人尋問において、被控訴人は前同年二月二〇日大曲市内の駐車場において控訴人井上の代理人である善輝に対し現金七〇〇万円を一括交付した、当初七〇〇万円全部につき抵当権を設定する約定であつたが善輝の懇願により七〇〇万円を五〇〇万円と二〇〇万円の二口にわけ、二〇〇万円の方にのみ抵当権を設定することにした旨供述する。
3 しかし、被控訴人本人の右原審(第一、二回)及び当審における供述を検討するに、
被控訴人は原審の第一回本人尋問において、「被控訴人は秋田銀行大曲駅前支店(以下「秋田銀行」という。)から昭和五二年一〇月三一日借受けた三五〇万円、大曲市農業協同組合花館支所(以下「大曲市農協」という。)から昭和五三年一月二四日借受けた三五〇万円及び同年二月一六日借受けた一八〇万円から、金利及び自己が利用した約一〇〇万円をのぞいた残七〇〇万円を善輝に交付した」旨供述していたが、その後成立に争いのない乙第五号証(秋田銀行の被控訴人に対する取引回答書)、同第六号証の一(大曲市農協の被控訴人に対する貸付金調査回答書)、原本の存在及びその成立に争いのない同号証の二(同農協の普通預金通帳写)が提出された後に行われた原審における第二回本人尋問において、「被控訴人は秋田銀行から借入れた前記金員を昭和五二年冬ころから昭和五三年正月にかけて藤原〓、山崎良子、渡辺重雄ら三名に短期返済の約束で貸付け、それを回収した金員と前記大曲市農協からの借入金とを手元に保管していたがこれを善輝に交付した」旨述べて秋田銀行からの前記借入金に関する供述を変更し、更に当審における本人尋問において、「秋田銀行からの前記借入金は善輝に貸与する前に藤田富夫一人に貸した」と述べ、追及されるや「右借入金を貸した相手は前記藤原ら三名である」と述べるなど、その供述はあいまい、かつ一貫性がなく、しかも右貸付けた相手という藤原ら三名への貸付額や同人らからの回収額についての具体的供述は何もしていない。
しかして、原審における被控訴人本人尋問の結果(第二回)によると、被控訴人は貸金業務上の金員の出し入れは秋田銀行の普通預金口座を利用していたもので、なおその一部は羽後銀行大曲支店の普通預金口座を利用していたものであることが認められるところ、<証拠>によると、被控訴人は、秋田銀行から昭和五二年一〇月三一日三五〇万円を借受け、利息を差引かれた三一七万四七五円が被控訴人の同銀行普通預金口座に入金されているが、右借受け前の同口座残高は三五万四〇〇七円しかなく、右借受けによる入金があつた後、右同日に一八〇万円の払戻しを受けているほか、同年一一月一日から昭和五三年二月二〇日までに、四〇万、五〇万、五万等と一二回にわたり払戻しを受けていること、被控訴人は右期間中数回にわたり預金もしているものの、同年二月二〇日一〇万円の払戻しを受ける直前の残高は一一八万七一一一円にすぎないこと、また、被控訴人は大曲市農協から同年一月二四日三五〇万円、同年二月一六日一八〇万円を借受け、同農協の口座にはこれを預け入れていないが、右三五〇万円を借受けた翌日に秋田銀行の前記口座に二五万円を預け入れ、一八〇万円を借受けた翌日に同口座に一〇〇万円を預け入れていること、羽後銀行大曲支店の前記口座には、昭和五二年一〇月から昭和五三年二月二〇日当時までに二〇万円をこえる金員の出し入れはなく、右期間中の預金残高は最高三〇万円余にすぎないこと、以上の事実が認められ、右事実及び被控訴人本人の前記供述内容に照らすと、被控訴人が秋田銀行からの前記借受金をそのまま善輝へ交付したとの供述部分が措信できないだけでなく、同借受金を他に貸与したのを回収して善輝に交付したとの供述部分も疑わしく、結局被控訴人が秋田銀行からの借受金を直接或いは一旦他への貸付に利用した後に善輝へ交付したとの被控訴人の供述は採用できない。また、右認定事実によると大曲市農協からの借受金は合計五三〇万円であり善輝に交付したと被控訴人が供述する七〇〇万円には不足であるのみならず、同農協からの借受金三五〇万円のうち二五万円、同借受金一八〇万円のうち一〇〇万円は前記秋田銀行の口座の出入金経過に鑑みると秋田銀行に預け入れたものと推認され、そうとすれば同農協からの借受金中昭和五三年二月二〇日当時被控訴人の手元にあつたのは四〇五万円ということになり、七〇〇万円とは金額にかなり差があり、従つて同農協からの前記借受けがなされたことをもつて、被控訴人が善輝に七〇〇万円を交付したとの被控訴人の前記供述を採用すべき根拠ともなし得ない。
更に、前記認定した被控訴人の秋田銀行、羽後銀行大曲支店の各普通預金口座の預金残高の状況からも昭和五三年二月二〇日当時被控訴人が善輝に貸与したという七〇〇万円の原資を有していたとの裏付けはないというほかなく、これと、被控訴人の右原資についての前記供述が採用できないこととに対比すると、被控訴人が善輝に対し七〇〇万円を交付したとの供述は措信できない。
そして前掲甲第一号証及び同第四号証によれば、同各号証中の金員を受領した趣旨の各記載部分も、(1) これらが金額の点をのぞき不動文字(甲第一号証)やタイプ(甲第四号証。これがタイプされたものであることは原審証人伊藤邦宏の証言によつて認められる。)で記載されたものであると認められ、かつその記載のある用紙は被控訴人から善輝に交付されたものであること、(2) 七〇〇万円の原資に関する被控訴人本人の供述が前記のとおり信用性に欠けるものであること、(3) 本件全証拠によるも善輝が昭和五三年二月二〇日当時七〇〇万円もの大金を入手ないし費消した形跡もないこと等に徴すると、右甲第一、第四号証中に善輝ないし控訴人井上が金員を受領した趣旨の記載部分があるからといつて右記載金員の授受があつたとは推認し難く、他に被控訴人から善輝に対し七〇〇万円の金員を交付したことを肯認するに足りる証拠はない。
そうすると、被控訴人主張の昭和五三年二月二〇日の五〇〇万円の消費貸借契約は該金員の授受があつたとは認められないからその成立を認めることはできない。
また、被控訴人が、控訴人井上に対して昭和五三年一月二〇日付金銭消費貸借契約書(甲第四号証)に基づく元金二〇〇万円、弁済期同年同月二〇日、利息年一割五分、損害金月二分の貸金債権を有している旨主張し、同控訴人所有の本件土地に右貸金債権を被担保債権として本件登記がなされていることは当事者間に争いがないところ、被控訴人が右契約書に基づき実際は同年二月二〇日なされたと主張する右二〇〇万円の金銭消費貸借契約も、該金員の授受があつたとは認められないから、その成立を認めることはできない。
4 右のようにみてくると、(一) 昭和五三年二月二〇日の五〇〇万円の消費貸借契約に基づき、控訴人井上に対しては主債務者として、その余の控訴人らに対しては連帯保証人たる善輝の相続人として(善輝が昭和五三年八月七日死亡し、妻である控訴人齋藤カネ、子である控訴人齋藤加代子、同齋藤美知子、同齋藤直子が善輝を相続したことは当事者間に争いがない。)その履行を求める被控訴人の甲、丁事件はその余につき調べるまでもなく理由がなく、(二) 控訴人井上の被控訴人に対する右同年一月二〇日付金銭消費貸借契約書に基づく前記元本二〇〇万円、弁済期同年一一月二〇日、利息年一割五分、損害金年三割の債務は存在しない以上、同債務を被担保債務とする抵当権設定契約は無効であり、従つてまた本件土地につきなされた本件登記も実体に符合しない無効なものというべきであるから、被控訴人に対し右契約書に基づく債務の不存在確認及び本件土地所有権に基づき本件登記の抹消登記手続を求める控訴人井上の丙事件の請求は理由がある。
(石川良雄 渡邊達夫 武田多喜子)